医師 森浦 滋明
食道がんの術後には嚥下や消化機能が障害され,飲み込みにくい,食物の逆流,腹部膨満,腹痛,嘔気,下痢など種々の症状が出現します.原因や理屈のわからない症状も多く,対応には苦慮します.術後の消化機能の変化や症状を列記し,術後の食事の仕方をまとめました.
もともと小食胃弱
筆者はもともと食事量が少なくずっと痩せすぎの体.胃腸が弱く,原因が見当たらないのに胃腸の動きが停滞したような感じになり,お腹が張って食べられなくなることもしばしばでした.下痢は滅多にしなく,どちらかというと便秘傾向で,一口が小さく食べるのが遅く,通常のコース料理は滅多に完食できないほどでした.食事量が少ないことを理由に食材や味にうるさい面倒なタイプです.
ただでさえ胃腸が弱いのに著明に消化機能を低下させる食道がんの手術を受けることになりました.同様の手術を受けた患者さんも少ないながらずっと診てきて,何とかなるだろうという気持ちはありました.しかし何より食道がんになったことや手術を受けることに直面したくない気持ちが強く,ネットで調べたりする積極性もあまりなかったように思います.早く手術が終わり,現状から抜け出したい気持ちのまま,漠然とした恐怖感で手術を受けました
消化機能の個人差,機能が良い人と悪い人の違いなどは医学的にまったくわかっていません.しかし経験上,胃腸の丈夫な患者さんは術後に摂食する力が早く回復すること,逆に胃腸が弱い人は回復が不良なことをいつも感じていました.著者の消化器症状や食の体験談は胃腸の弱い人が手術を受けると,という前提でお読みください.
術後の消化管
胃の出口は幽門と言って胃壁の筋が厚くなっていて開閉できる構造になっています.通常の食事では水分や消化しやすいものを先に通過させ,消化の悪い食物はゆっくり排出します.かつては食道の手術で胃の血管を処理すると幽門が閉まったままになり通過が悪くなるとされ,幽門を切開して広げたり指で広げたりするのがルーチンの手技でした.しかし幽門をそのままにしても食物は流れてゆくことが分かってきました.むしろ流れすぎてダンピング症状,すなわち急激に食物が小腸に入るために消化ホルモンの急激な上昇がおき動悸やめまい,冷汗,腹痛,悪心がおこること,を防ぐ方が重要であることが分かってきて,幽門を広げなくなりました.
嚥下障害
嚥下は声門を閉じて空気の通り道をふさぎ,その間に食物を食道の方に流すという高度な機能です.食道がん根治手術後は食道をほとんど切除して残ったわずかな頸部食道と胃(または腸)が吻合されています.食物が通過する経路は術前と比べると変形しており,食物が通過する経路が不自然になっています.更に吻合部周辺は治癒の過程で瘢痕(繊維状の硬い組織)が形成され,動きが悪くなり,嚥下が難しくなります.更に瘢痕形成が進むと吻合部狭窄が起こり,ますます嚥下が難しくなります.吻合部の狭窄には吻合部の血行不良が関与しているとされます.
加齢により嚥下機能は低下するので,高齢者が食道の手術を受けるとますます嚥下機能が低下し,手術による体力低下も加わって,誤嚥性肺炎を来しやすくなります.高齢社会になり,嚥下機能の検査方法やリハビリが進歩してきています. 嚥下障害による誤嚥(ごえん)は、術前・術後のリハビリテーションを行うことで、機能が維持され合併症の予防につながります。国立がん研究センターのHPには「顎を引いて飲み込む,空嚥下(口の中が空の状態で何度も唾を飲み込む)をする,など,喉を動かす練習を行います.その後,とろみのあるものやゼリー状の食べ物を使って,実際に食べ物を飲み込む練習をします.一口の量を少なくする,ゆっくりよく噛む,食べた後は体を起こしておくなど,食事の内容や姿勢にも注意が必要です.」と記載されています.
少し余談ですが,サルの喉について引用します.「サルの喉頭(声門)はヒトに比べて高い位置にあり,ものを飲み込みながら(=食べ物や飲み物を口から食道に送りながら)呼吸をする(=鼻から空気を気道に送る)ことができる.しかしヒトは、喉頭の位置が下がったことによって広くなった、のどから口の部分の空間を使って、声帯で震わせた空気を響かせて、いろいろな音を出すことができるようになりました。つまり、ヒトは喉頭の位置が下がったことで、複雑な言葉を使いこなすことができるようになったのです」(あまり知られていないヒトとサルの違い-新・身近な科学)。ヒトは安全な嚥下より豊かなコミュニケーション能力を選んだようです.それが食道の術後にも影響していることになります.
ゲップができない
術後すぐはゲップがしたい感じでもお腹や胸の傷が硬直していてうまく出せませんでした.ゲップができるようになるのに半年以上かかったと思います.手術創は手術直後は瘢痕すなわち繊維状の組織が増生してどんどん硬くなります.それが半年くらいから少しずつ緩み周囲のように柔らかくなるのには1年以上かかるのが普通で,ゲップができる感じは傷の緩みに相関していたような感じがします.
腹部膨満-すぐに満腹
食道亜全摘で胃の上部が切除され,再建のためにトリミングさた胃管は細くて容量が少なくなります.胃が小さくなってさらに幽門の流れが多分不良で,少し食べただけでもお腹が満タンになって苦しくなくなります.
食餌開始直後は薄い粥で副菜も少なく,食事量は通常の3分の1以下ですが,その半分以下しか食べられません.嚥下はしにくいし,空腹感は乏しくお腹はすっきりしないし,病院食の味も口に合わないので,ますます食べられません.夜の回診は夕食の食事中に2-3人の食道グループの医師が来てくれました.いつもまずまずじゃあないですかと言ってくれましたが,量が食べられずこの先どうなるかとの不安でいっぱいでした.
2週間でで退院しましたが,やはり食事は極めて少ししか食べられず,退院後2週間くらいは近所のクリニックで1日1000mLの点滴を受けていました.食事が摂れるようになるかと不安で,どうやって栄養を摂ろうかとあれこれ悩みました.食事内容等は食・栄養・サプリのところに記載します.
術後2年経過しても,半玉のラーメンの麺が伸びないようにと早めに食すと満タン症状がおきます.友人の胸部外科医は術後早期からラーメン一杯くらいは食べられると言い,ケーキを食べ過ぎて糖尿病傾向になりました.彼はもともと大食漢で胃腸が丈夫な体質,同じように胃が小さくなっているはずなのですが,生来胃腸が強い人は違うようです.
夕食など割とゆったり食べていても最後の少々,ひと口ふた口で上腹部がパンパンになってしまい動くのも歩くのもつらく,ソファーで2時間近く休まざるを得ないのはしょっちゅうです.外食だと更に慎重に食事量を減らして何とか最後まで席にいますが,歩行が超スローになるくらいお腹がつらく,帰るのが大変です.間違いなく一度の食事量は術前より大幅に減少します.残胃が術後に大きくなることはないので,根本的な治癒は望めません.主治医も同様の話をされました.
食道逆流症
食道の術後は胃から食道への逆流防止機構がすべてなくなった状態で,胃から食道,咽頭への逆流が起きやすくなります.逆流症予防のためには食べ過ぎないこと,食後すぐに横にならないこと,脂っこい食事は避けることなど物理的な対応です.また胃酸を減らす薬(PPI:Proton Pump Inhibitor)を内服することも重要です.食道は酸に弱く,逆流した胃酸で粘膜の障害を来しやすいので,胃酸を減らすためにPPIを投与します.PPIで逆流そのものが改善するわけではありません.また胃が空になってから眠るとしても胃には消化液が溜っているので,睡眠時には上体が少し挙がった体位が望ましいのです.根治術の前の内視鏡治療の時に病室の電動ベッドの寝心地が良かったのでショールームで確認し,入院中に搬入してもらいました.自分の場合上体の傾きは12度でも効果があるようです.今のところ昼間に軽い逆流症状を2-3度経験しただけで幸運だと思います.
術後1年くらい経過して,逆流症状が殆ど起きないので,胃酸の分泌を減らす薬PPIを中止したいと主治医に申し出ました.しかし逆流による障害が起きる可能性が高いので続行せよとのご指示でした.胃酸の逆流で食道と胃の吻合部がただれている患者さんが多いようです.PPIなどを内服していても,逆流で不快なときには,まず水やお茶を飲んで胃酸を薄めることです.粘膜を守る牛乳やとろろ芋などが効くこともあります.食道手術を受けた友人はもともと胃腸が丈夫で術後も割と食べられますが,逆流症状のコントロールは難しいようで,内服薬倍量で対応しています.
ダンピング症候群と胃排泄遅延
ダンピングのダンプはダンプ・カーのダンプです.手術後,食物が急速に小腸に流れ込むことで血糖や消化管ホルモンが急激に変化するために起こります。ダンピング症候群は、早期ダンピング症候群と晩期ダンピング症候群の2つに分けられます。早期ダンピング症候群は、食事中や食後30分以内に起こり、腹痛、心拍数の増加、発汗、嘔吐、下痢、ほてりなどがあらわれます。晩期ダンピング症候群は、急に上昇した血糖が急に下がるためにおきるとされます.食後1~3時間後に起こり、冷汗、めまい、動悸、手の震え、脱力感、空腹感など,低血糖の症状が主です。食道がんの手術の再建で,幽門(胃の出口)の通過をよくする処置を行わなくなってからは,頻度は低下していると思われます.
胃排泄遅延はダンピングとは逆に食べたものが胃に停滞することです.食道がんの手術では胃腸の動きを調整する迷走神経が切断され,胃の動き(蠕動)が悪くなり,残胃は胸腔の陰圧環境となり,内容物が押し出しにくくなるとされます.そのため胃に食物が溜り十二指腸の方へ流れにくくなります(Langenbecks Arch Surg 2021).症状としては胃もたれや食後の早期膨満感、吐き気、逆流などが挙げられます.手術による胃の動きの障害は3カ月くらいで改善することが多いとされますが,バルーンで拡張が必要となる重症例もあるようです.筆者はダンピングの症状は経験してなく,若干排泄遅延気味なのかと思います.
胆汁排出障害(うっ滞)と胆のう結石
胆汁は便の色,黄茶色で,脂肪を乳化し細かい粒にし,消化酵素と反応しやすくします.肝臓で分泌され胆嚢で5-10倍に濃度を上げて,食事の通過に合わせて十二指腸に排出されます.術後はずっと白っぽい便で気味が悪い思いをしました.胃の周囲のリンパ節を郭清すると迷走神経が損傷を受けて,胆汁の排出が悪くなります.白色便は胆汁の排出不良が原因で,脂肪の消化吸収力が低下していると考えられます.
胆汁が流れる経路を胆道と言い,左の図に緑色で示しました.胆管,胆のう十二指腸乳頭部が含まれます.
術後1年目の超音波検査で胆石が見つかったりましたが,これも胆汁のうっ滞が原因だと思われます.胃切除の術後には15-20%の頻度で胆石が発生(Medical Note 2018)しますが,食道切除でも迷走神経を切断するので胆汁のうっ滞をきたしやすいと思われます.幸い胆石の症状,右上腹部の腹痛は感じませんでした.CTでは石灰化を認めず,脂肪の濃度の所見で,コレステロール結石です.
ウルソ(ウルソデオキシコール酸:胆汁の排出を促す薬,日本で開発された歴史ある薬)の内服を開始しました.胆汁の排出は良くなっているはずですが,便の色はあまり改善しませんでした.白色便は術後1年半くらいで通常に近い色になりましたが,ときどき白っぽい便になりました.また脂の多い肉や揚げ物を食すと便器の水面に油膜を見ます.脂肪便と言い,脂肪の消化吸収が悪いことを意味します.
術後1年半くらいで超音波で胆石は認められなくなり胆泥~胆砂の状態になりました.術後2年でははその泥や砂は随分減って自分で検査してもわからぬほど,検査技師さんに診てもらったら少し泥がありそうといった程度に改善しました.ウルソは胆石を溶かす効能がありますが,実は経験上ウルソで胆石が溶解するとは思っていませんでした.知人の医師複数も同様の意見でしたので,幸運な一例ということになります.
便通
便通は基本的に下痢.お腹が痛くて下痢のことがあれば,下腹が少しはってきたかな思うと下痢のこともあります.下痢が原因で外出しなくなったり旅行に行かれなくなる患者さんも多いようですが,筆者は何とかなるだろうと自分のしたいことを抑制していません.しかしバス旅行などには参加できないと思います.通勤は駅から20分弱を歩いていますが途中で公衆トイレのお世話に1年で2回,大したことはありません.ただ時にガスと便がわからないことがあり危険なので外出時は尿漏れパッドを使用しています.
時々便が固まってくることがあり,まれに4-5日普通便が続きますが,却ってお腹が張ることが多く,下痢するとほっとします.またおなかが騒音といっていいほどゴロゴロ~ゴーゴー鳴って何度も排ガスをきたすことがありますが,食事との関係は全く見当たらないし,大した下痢もせず,翌日には何事もなくおさまっていることが多く,全く不思議です.おなかが良く動いているときの方が下痢していても腹痛や悪心が少なくお腹は楽です.また下痢と体重減少との関連はほとんど認められない感じがします.
腹痛と悪心
腹痛はよくあります.胆石発作のような疝痛ではなく鈍痛というか重い痛みで,やはり少し無理して食べた後に腹痛をきたしやすい感じがします.もともとの動きの悪い胃腸のため食物が停滞して腸が張って痛いような感じです.また,上腹部が張って痛みより気持ちが悪い感じが強いこともしょっちゅうあります.下痢の時より正常便の時の方が上腹部に膨満感があり悪心をきたしやすい感じがします.
消化吸収障害
食道がん術後には消化吸収機能が低下していると考えられますが,科学的なデータは意外なほど少ないようです.放射性同位元素を用いたイヌの実験で糖質の消化吸収は余り障害されないが, 蛋白および脂肪の消化吸収は障害され,特に脂肪の消化吸収は悪い(日本消化器外科学会雑誌 1974)との結果です.この研究は実際に食道切除はしてなく,迷走神経切断と食物の通過経路を変更して行い,その影響を検討したものです.
さらに古い研究では脂肪便,食欲不振,胃のうっ滞,小腸の変化は数ヵ月から数年にわたり持続する傾向があることが示されました.脂肪便は膵臓抽出物や胆汁抽出物、抗生物質で改善せず,吸収不良は消化液の分泌障害の結果ではないようだと結論しています(Gastroenterol 1966)
一方,最近の文献レビュー(Dis Esophagus 2021)では,食道切除術後の消化不良,吸収不良,意図しない体重減少などの消化器系愁訴は,膵外分泌機能の低下と関連している可能性があり,患者は膵酵素による治療が有益であることがわかった,としています.しかし評価に値する論文,患者数は少なく,結果に関しても実際に術後におきる消化器関連の不調を説明しきれない感じです.
消化器症状の原因は説明できないことが多く,潰瘍性疾患以外は非潰瘍胃腸症(non-ulcer dyspepsia:NUD)または機能性胃腸症(Functional Dyspepsia)とひとくくりで片つけられているほどです.理屈っぽい説明は一応ありますが(日消誌 2007),消化器の機能障害とそれに伴う症状はわからないことばかりで,術後となればますます混沌の世界,多様な症状の科学的な説明はなかなか難しいと思います.
術後のビタミンとミネラルの吸収障害では,胃切除術後にカルシウム,ビタミンD,ビタミンB12,鉄の値が低下していることがよく知られています(日本臨床外科学会 HP).食道がん根治手術後には,胃切除術より消化吸収が低下していますので,上記ミネラルやビタミンは当然低下していると考えられます.ほかには葉酸,ビタミンA,ビタミンEも低下していることが報告されています(Ann Surg 2015,Nutrient 2020).他のビタミンやミネラルでも検討されていないものもありそうでマルチビタミンミネラルの服用は理にかなっていると思われます.
食道がん術後の食事の仕方
・ ゆっくりよく噛んで食べる
食道がん術後の胃は元の胃のように食物を消化しやすい形に砕いてくれません.それを補うように,よく噛んで口に胃の働きをさせることが大切です.また唾液には糖質を分解するアミラーゼが含まれており,消化も助けます.早食いの癖は意外に直しにくいものです.経験上20%以下しかゆっくり食べられるようになりません.しかし必須項目ですので頑張りましょう.
・ 食事を分けて食べる
一日の食事回数を5-6回に分け少しづつたべることが広く推奨されていますが,食事の仕方は個人差が大きいので,まず自分が気持ちよく食べられることが重要です.2-3回の食事で間にヨーグルト,ナッツ,ゆで卵,チーズ,果物,お菓子などでも,楽に食べて量が稼げれればよいと思います.ふつう食べないような夜中でも,お腹のおさまりが良ければ何時でも構わないと思います.一日の総摂取量増加を目指します.
・ きちんと飲み込む
一口の量を少なくし,飲み込むことをはっきり意識して,姿勢を正して飲み込みましょう.食事中に空嚥下(口の中が空の状態で唾を飲み込む)をするのも有効です.嚥下リハビリが進歩しているので作業療法士に相談すると良いと思います.
・ 水分に注意
水分は誤嚥しやすいので,ジュースや牛乳など慎重に飲みます.スープやソース類などはとろみをつけるのが勧められます.また水分をたくさん摂ると食物が小腸に流れやすくなりダンピング症状のある人では慎重な対応が必要です.逆に胃内容が停滞傾向の人では,少し多めに水分を摂取するのが勧められます.
・ 油脂の多いものは少なめに
術後の油脂の消化機能は低下していますので,多く摂取すると体調を悪くすることがあります.少し控えめが良いと思います.脂肪摂取による脂肪便や下痢には,膵酵素(リパーゼの入った消化薬)の服用が勧められます(Langenbecks Arch Surg 2021).
・食後すぐに真横にならない
手術により物理的に食物の逆流機能がなくなっています.食物が逆流しやすいので,横になるときは頭を高く,胸部が水平より起きた形になるようにしないといけません.
・栄養補助剤やサプリを気軽に使用する
学会や医療施設関連の術後の指針には栄養補助剤やサプリの記載があまりないようです.経費はかかりますが手軽に栄養補給ができますので,気軽に利用すればよいと思います.市販の製品はビタミンやミネラルが添加されているものがほとんどなので,先述の術後不足しやすいビタミンやミネラルを参考にチェックしてみましょう.
参照: がん情報サービス MSDoncology 日本臨床外科学会HP
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