食道がん情報

食道がん治療の新たな情報を掲載します.リンパ節をどこまで郭清するかといった昔からの課題もまだ議論の対象です.抗がん化学療法や免疫療法,術中術後の管理も大きく進歩しつつあります.

医師 森浦滋明

オプジーボ 保険収載

2022年5月から,オプジーボと抗がん化学療法を組み合わせた併用療法が保険診療の対象になりました.食道がん患者さんのうち、手術による治療が難しい、あるいは、再発をきたした患者さんが対象となります。オプジーボへのアレルギー,間質性肺炎の既往,結核の既往などがあると使用できません.

オプジーボ(小野製薬,一般名:ニボルマブ)は、もともと人に備わった免疫の力を回復させることでがんへの攻撃力を高める,がん免疫療法の治療薬です.リンパ球の T 細胞の PD-1 と結合して免疫の働きにブレーキがかからないようにするので「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれます.

オプジーボの効奏率は19%と高くはないのですが,再発した患者さんで病状の進行が止まり,完全に治ってしまうことがあるようです.筆者の友人(内田医師)も再発巣の増大が完全に止まり,主治医から天寿を全うしてください,と言われました.主治医の話では効く人ではがんが治ったと言ってよい状態になるとのことです.長年がんの治療に携わってきましたが,抗がん剤でがんの再発が治癒するというのは,ありえないことだったのですが,実際おきています.肺がんでも同様の薬剤(キイトルーダ)で寛解している友人がいます.この薬剤も免疫チェックポイント阻害剤で,切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌に保険適応があります.これまでがんの再発で腫瘍が画像上完全に消失しても再再発するのが普通でした.抗がん剤はがんに対する効果はあっても治癒させることはない,という医学の常識が変わりつつあるのかもしれません.但し効奏率はそれほど高くはないので期待し過ぎてはいけないと思います.

ドセタキセルを含む術前化学療法を推奨

2017年版のガイドラインでは、切除可能な局所進行食道がん(stageⅡ-Ⅲ)に対する術前化学療法として,CF療法(シスプラチン+5-FU)が標準治療として推奨されました.その後、85施設の同様な食道がん症例4,048例(75歳未満の症例)で,術前化学療法としてドセタキセルを加えた3剤のDCF療法がCF療法より有意に生存率を延長することがわかり,術前治療として強く推奨されることになりました.(食道癌診療ガイドライン2022に先立ち2月に発表)

食道癌診療ガイドライン2022

2022年9月に「食道癌診療ガイドライン」が刊行され5年ぶりの改定となりました.細かい記載がされており,さらっと読むのも大変な内容です.Care Netm3.comに抜粋が記載されています.筆者にとって関係の深い所では, 胸部食道癌根治術において予防的に頸部リンパ節郭清を行うことの推奨度がBからCに下がり弱く推奨するとなりました.頸部郭清特に鎖骨上窩リンパ節(104番)の郭清はそれなりに合併症をきたしうる手技です.患者さんの高齢化,術前治療の強度が増強,104番リンパ節の再発は追加切除あるいは化学放射線療法などの局所治療で制御が可能ではないか,との議論からの判断のようです.

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筆者が治療を受けた病院外科の症例検討会で,浅いがんだから頸部郭清はしなくてもよいのでは,との意見もあったようですが主治医の判断で頚部郭清を受けました.乳び胸や頸部のリンパ嚢胞は郭清による合併症と考えられますが,左迷走神経節周囲に転移があった場合,次に飛び火するのがこの鎖骨上リンパ節(104番)です.病理検査で104番は陰性でしたが,がんの進展きりきりの切除より少し遠方,余裕のある切除範囲の方が安心です.

少し怖い話ですが,実はこの判定はリンパ節の中央をスライスした面でのみ判断するのが通例で,縁っこに少量のがん細胞があったら発見できないのです.すなわち病理検査は陰性でも転移していた可能性はごくわずかながらあるということです.業務に深く関わった関係者にしか分からない話で恐縮ですが,主治医と頸部郭清の勝利感を分かち合いました.

(術前化学療法としてドセタキセルを加えたDCF療法も記載されています.)

ステロイドの術前予防投与で食道がん術後の合併症を軽減(示唆)

国内医療ビッグデータからの知見— 食道がん手術症例における手術日のステロイド使用例の方が在院死亡や術後呼吸不全が有意に少なかったことが報告されました.(Ann Surg 2022 東京大学,国立がん研究センター,国際医療福祉大学による研究)

食道がん手術にはステロイドの用が有効との結果ですが,オッズ比は0.84と大きな差はありません.しかし副作用はほとんどないので使用することに賛成です.

ARDS(急性呼吸窮迫症候群)にたいしてステロイドを使用するか否かは,長年議論されてきた話題です.自分の患者さんでも少ない経験ですが術後のARDSにステロイドを使用し良い結果でした.自分の手術はこの研究が発表される前でしたがステロイドを使用していただきました.

早期食道がんと表在がん

食道がん取り扱い規約に基づく食道壁各層の呼称

早期食道がんの定義について誤った記載がネット上に多数見られますので(少し調べただけでも6つのサイト),簡単に説明し最新の食道がん取り扱い規約を引用します.

早期食道がんの定義は1973年の取扱い規約で「癌浸潤が粘膜下層までで, リンパ節転移 のないもの」とされ,長年変更なく使われてきたためこちらの定義が間違って記載されているものと考えられます. 2008年(第10版)の改正で早期食道がんは「粘膜内にとどまる癌でリンパ節転移の有無を問わない」に変更されました.

胃がんや大腸がんでは早期がんの定義は粘膜下層までのがんでンパ節転移の有無を問わないものと定義されていますが,食道がんの場合粘膜下層まで達するがんはリンパ節転移の頻度が高く,治療成績も不良なので粘膜内のがんを早期と定義したようです.早期食道がんとされる粘膜内のがんでも一番深い粘膜筋板に達する癌ではリンパ節転移が4-10%に認められます.粘膜筋板に達するがんでリンパ節転移がある場合(転移が1‐2個で)stage2となり5年生存率は約65%となります(筆者の場合もこれに相当します).

友人の食道外科医にメールで質問しました.食道早期癌というのは胃癌取扱い規約に合わせたもの、臨床ではStageを使うので、早期食道癌の定義はどうでも良いという感じとのご返事.患者さんにはリンパ節転移のないものを「いわゆる早期癌といわれる」と話しています,とのことです.リンパ節転移の有無で治療成績(5年生存率)が大きく変わるので,食道では早期癌の定義および呼称はあまり意味がないようです.

また表在食道がんと言う呼び方もありますが,こちらは深達度が粘膜下層までのがんを指します.ただ筋層までは達していないことを意味するだけで,治療法の選択や,治療成績に対しては意味のない呼称と言えます.

食道癌取扱い規約 第12版 (2022年)日本食道学会編 金原出版

T1 表在がん(原発巣が粘膜内もしくは粘膜下層にとどまる病変 )註1

T1a 原発巣が粘膜内にとどまる病変 註2

                      T1a-EP   癌腫が粘膜上皮内にとどまる病変(Tis)

                      T1b-LPM  癌腫が粘膜固有層にとどまる病変

                      T1a-MM   癌腫が粘膜筋板にとどまる病変

               T1b 原発巣が粘膜下層にとどまる病変(SM)

                      Tib-SM1  粘膜下層を3等分し,上1/3にとどまる病変

                      Tib-SM2  粘膜下層を3等分し,中1/3にとどまる病変

                      Tib-SM3  粘膜下層を3等分し,下1/3にとどまる病変

註1:表在癌:癌腫の深達度が粘膜下層までにとどまるものを表在癌Superficial Carcinoma と呼ぶ. リンパ節転移の有無を問わない.

註2:早期癌:原発巣の深達度が粘膜内にとどまる食道癌を早期食道癌 early carcinoma of the esophagus と呼ぶ.リンパ節転移の有無を問わない.


術前にがんの進展を診断し病期を知ることは治療法の選択に重要です.転移は主にCTを用いて検査し,肺や肝転移の診断は比較的容易です.リンパ節転移は部位や大きさと形から診断します.大きいリンパ節の方が転移の可能性が高いのですが ,縦隔のリンパ節は気管分岐部の下側や気管の右側など,異常が無くても大きなリンパ節が認められることがあります.一方,手術で切除した4018個のリンパ節の検討では,短径5mm以下のリンパ節でも38%のリンパ節に転移が認められました.5mm以下のものは形態で正常のリンパ節と区別することは困難で,PET検査でもほぼ診断不能です.術前に正しく病期(stage)を診断するのはなかなか困難なのが現状です.

食道癌診療ガイドライン(日本食道学会編)に基づくstage(病期)別治療法はがん情報サービスに詳細にまとめられています.

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