食道の手術は手術操作が広範におよび手術時間も長くなり体に大きな負担がかかります.そのため合併症の頻度は41.9%と高い数値が報告されています(Ann Surg 2014).代表的な合併症は縫合不全と肺炎,反回神経麻痺です.筆者は経験しなかったのですが,食道がんの根治手術を受けられる方は知っておいた方がよいと思われるので簡単に記載します.
縫合不全
縫合不全とは縫い合わせたところが治癒せず破綻することです.外科で縫合不全と言うのは消化管吻合部が術後に破綻を指すのが一般的です.吻合とは腸や血管などの管腔を縫い合わせることです.縫合不全を来すと食物や消化液が消化管の外に漏れ,命に係わる感染症につながる重篤な合併症です.縫合不全の原因として再建に使用する胃や腸の血行不良があります.再建やリンパ節郭清のために胃や腸の血管を処理し,長距離を移動させるので血行が不良になりやすいのです.ほかには手術により体力が低下して治癒力が低下していること,また吻合部周囲の汚染や感染など環境が悪いことなどが原因として考えられます.もちろん吻合方法や技術も大切で術者により差がある印象です.
縫合不全の治療には絶食,ドレナージ(漏れた消化液や膿を体外に導く)と栄養管理が主体になります.ドレナージを良くするために手術をすることは考えられますが,吻合しなおすなどの積極的な治療法は,汚染した場所でつなぎなおしても再び破綻するため殆どおこなわれません.汚染したスペースがだんだん縮まって漏れたところがふさがるのを待つため治癒までに長期間を要します.その経過で汚染した部分のドレナージが不良だと感染が進行して治癒が妨げられ,場合によっては全身状態に影響を与えます.そのためドレナージ・チューブがうまく効いているかのチェックを最低週に1度くらいはX線透視下に行います.ステントやフィブリン糊での好成績も少数報告されていますが(Thorac Cancer 2023),あまり一般的ではないと思います.2015-2017年の全国集計では縫合不全は16752例中2291例で,13.7%と計算されますが(Esophagus 2020),かつては20%以上の縫合不全率の報告も散見されました.
肺炎
手術が胸部,腹部,頸部と広範なため体力を消耗し,長時間の全身麻酔や体温低下も加わり免疫力が低下し肺炎をきたしやすくなります.胸部上部の食道は気管のすぐ背側にあり食道を切除すると気管の後ろの支えが無くなります.気管は不安定になり,血行も不良となり,麻酔の影響,体力低下や疼痛も合わさり呼吸機能は低下し喀啖排出も困難となります.喀啖が排出できないと気管支や肺胞がふさがって肺炎の原因となります.呼吸器そのものの障害に加え食事による誤嚥も肺炎の重要な原因になります.手術により食物の経路が屈曲し食物が通過しにくくなること,手術操作を受けた部分が浮腫を来したりその後瘢痕(治癒の過程で組織が硬くなること)により咽頭の動きが悪くなることなども誤嚥の原因となります.またリンパ節郭清により反回神経の麻痺をきたすと嚥下時に声門がしっかり閉じず,誤嚥を来します.呼吸器の障害に誤嚥が加わり,食道がんの術後には肺炎がおきやすくなります.全国集計では術後肺炎の頻度は13.7%と計算されます(Esophagus 2020).
反回神経麻痺
先述のように鏡視下手術手術の導入もあいまって手術は繊細・精緻になり回神経周囲のリンパ節郭清はずいぶん進歩しました.しかし丁寧な手術でも一過性の麻痺をきたすことがあり,リンパ節転移から浸潤しているため切断することもまれにあります.反回神経が麻痺すると声門が閉じないために声がかすれ(嗄声)誤嚥をきたしやすくなり,肺炎の原因になりま.両側麻痺だと声帯が閉じて呼吸できなくなるため気管切開を要することもあると聞きます.麻酔を覚ますときに麻痺がないことを確認して病室(ICU)に戻ります.迷走神経麻痺が起きる頻度は全国集計では8.8%と計算されます(Esophagus 2020).
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